小さな仕事をたくさんする人はもっと広くなれる

 

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こんなことを日々考えているわけですが、ぼくは文系の院卒という

消えない十字架(?)を背負った人間です。

院卒のキャリアパス、悩みのタネですね。ぼくも悩みました。

いや、現在進行形で悩んでおります。 

 

先日、文系の大学院を出て非常勤講師をなさっている先輩とお話しする機会がありまして。

その先輩、すごく優秀なのに非常勤講師だけで生活しているんです(とその時までは思っていた)

文系院卒のさらに博士まで出ると、よくいます。

特に珍しくもありません。

 

だから、「この先輩もそうなんだろうな、ご苦労なさっているんだろうな」

って、勝手に思い込んでおりました。

そしたらですよ。

 

(ついでに自由もありますね)

 

ご自身で商売なさっているのだそうです。

びっくりしました。ビジネスをやっている方にはどうしても見えなかったので(失礼)

 

話のついでにいろんなことを聞いてみました。

ご自身のオフィスを持って、商売しつつ。

研究をちゃんとしつつ。

そして週1日は授業で研究成果を学生に伝える。

 

すごくいい人生だなーって思いました。

もちろん楽に生活しているわけではなく、仕事は結構大変なようです。

「大学の先生にはならないんですか?」

と聞いたところ、ちょっと迷いながら

「ビジネスをする方が合っている気がするし、会議が嫌いだから」

と笑っていたのが印象的でした。

 

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(こんな顔ではありません!)

 

そうなんですよね。いまの大学の先生って会議が多いんです。

 

大学にもよりますが、聞いた範囲だと最低限これくらい。

もう少し大衆的な(ぼかしました)大学だと、家庭訪問とか補修とか。。

院卒で研究して先生になって、会議会議会議。

 

ぼくでも考えてしまいます。

 

ただし、大学の先生になることはもちろん素敵なことです。

それは

社会的ステータスを得ることができる。

そうです。〇〇大学の教授(とか)という肩書き。

そりゃ魅力でしょう。

 

ある大学に勤めるというということは、その大学を運営する側になります。

組織を維持し、発展させていかなければなりません。

日常的な問題にも対応する必要があります。

 

ちょっとだけ思ってしまったので、言っていいですか?

研究者にそれを求めていいんでしょうかね。

組織運営のプロではない人にそれを求めるというのは、

違うような気がしているんです。

 

でもいいと思います。

みなさん好きでやっていると思うので。

 

ただ、ぼくのばあい、冒頭の先輩の話はすごく輝いて見えました。

(ちなみに、ちゃんと学術的に認められた論文も多数ある方です)

 

だから、こんなことを思ってしまったのです。

 

晴耕雨読の生活、ではありませんが、

いろんなことをしっかりやりながら生きること。

大切だと思うんですけどね。

 

いま話題のスラッシュキャリアってあるじゃないですか。

さきほどの先輩を当てはめるなら、

社長・自称ではない研究者・著述家・NPO役員

かなーと思います。

この方もNPO役員してます。ぼくとは違う団体ですけども。

 

お酒を飲んでいたので、ちょっと突っ込んだ質問もしました。

「超忙しいいま、もし時間ができたらなにがしたいでs」

「睡眠」

「そうじゃなくて、他に仕事を増やすとしたら?」

「都会の二等地くらいのところで服とか小物を売りたい」

だそうです。

「それをネットで展開して…あーだこーだ」

とか言い始めたので、インタビュー?はこれでおしまいになりました。

 

もちろん、彼女の研究分野についても深いお話を伺いましたよ。

 

おもしろい先輩がいて、うれしいです。

 

では。

 

追伸

「一つの仕事に縛られず、自由にやりたいことをやる」

という生活、憧れます。

研究をしている人って、まさにこのような生き方に向いていると思った次第。

ちなみにぼくが研究していた、ド文系の分野の場合。

気軽に働きながら研究する方がいい結果出たんだろうなー

って思います。