(後編)なぜみんなサラリーマンになりたいのかを歴史から考えてみた。

前編からの続き。

80年代くらいまでは日本の会社はうまく機能していました。

個人よりも組織、そしてお金を集中的に投資できる工業がメイン産業であり、世界的なトレンドも工業。

 

 

1989年の世界時下層科学ランキング50社のうち、日本企業は34社。

それが2018年版では、トップ50社に残ったのはトヨタ。あぁ無情。 

toh-log.hateblo.jp

 

「ひとりの幸せがみんなの幸せになる」のが日本の大企業である、と書きました。

one for all, all for oneですね。

これが一人歩きをはじめると、組織の目的を自己目的化する人が現れます。

自分の利益を求める人は「自分勝手」だと批判され、なぜか「経営者目線」で物事を語る雇われ人が出てくるんです。

 

それはまた別の話なんですが、「ひとりの幸せ、皆の幸せ」ってズバリ言っている団体があるんです。

 

自由民主党っていうんですけど、ご存じでしょうか?

 


自民党 党歌「われら」プロモーションビデオ(動画コンテスト開催中!)

 

2008年にUPされたものなので少し古い動画になりますが、

自民党の党歌である「われら」です。

サビで「ひとりの幸せ 皆の幸せ」って歌っています。

この歌はいまでも党大会とか、いろんなイベントで歌われています。

これぞ、高度経済成長期のニッポン。

 

今日の本題に入ります。

 

中小企業庁という役所が発表しているデータがあります。

起業に関する国際比較です。

 

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2011年〜2012年の古いデータになるのですが、これを見ると、日本の特徴が見えてきます。

日本のほか、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスといった先進国を比較しているのですが、

日本は圧倒的に開業率が低いんですね。

 

ということは、「社会人」の方々は自分で会社を興すのではなくて、既に存在する会社に入社する。という傾向が強いということになります。

 

その代わり、下のグラフを見ての通り、廃業率も極端に低いということができるのです。

日本人は本当に慎重派であり、会社を作ったからには簡単に廃業しない、という傾向が見て取れます。

(意地悪な見方をすれば、そもそも開業しないんだから廃業率も低いともいえます)

 

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これは単に「傾向」の話だけではなくて、2013年の調査でもはっきりとデータで示されています。

 

上の棒グラフは、「もし自営業者と被雇用者(つまり雇われ人≒サラリーマン)を自由に選べたら、自営業者を選択しますか?」

という質問にYESと答えた人の割合です。

 

5カ国の中で、日本がダントツのビリ。

会社に入りたいと願う人が4分の3に上るわけです。

 

こういった傾向は前回見てきた、歴史的な理由によって説明することができるわけですね。

 

ただし、これからの時代は本当に入社するのがいいことなのか?という問題意識は持っておくべきでしょう。

 

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90年代以降の話になります。

 

高度成長期は重化学工業がトレンド、70年代以降は製造業がトレンドでした。

企画、設計、製造、販売をひとつの大きな会社が手がける。

会社はすなわち、大きなムラでした。このムラに入ることができれば勝ち組だった時代です。

 

では、90年代はどうなったのか?

 

インターネットの登場です。

少なくとも、インターネットが一般化したのが90年代。

僕も高校生の頃、親に頼み込んでやっと携帯電話を買ってもらいました。

パケット代が高額になって毎月ヒヤヒヤしていたのもこの時代です。

 

インターネットの登場は、何を変えたのか?

 

いろんなものを可能にしたインターネットですが、ここで注目したいのは、連絡手段を極端に短くしたんです。

 

東京から京都まで、だいたい500㎞の距離があります。

いろんな連絡手段で比較してみましょう。

 

まず徒歩です。

 

昔の人はとにかくよく歩きました、というよりも歩くしか手段が無かったわけです。

もちろん、お金があればそれ以外の方法もありましたが、基本は人の脚です。

 

さて、東京〜京都、だいたい15日くらいかかります。

往復で1ヶ月。京都の関西支社へ出張するのに往復1ヶ月です。

 

ただ、急ぎの連絡がある場合、悠長に歩いて移動なんて許されません。

そこで登場するのが飛脚です。

 

飛脚が提供するサービスはピンキリありますが、一番早いプランを選択した場合、

だいたい片道4日で到着します。

ひとりのrunnning postmanが500㎞マラソンするわけではなくて、リレーのように書類を渡していくわけです。

一番早いプランなので、当然お値段もそれなりにします。だいたい100万円です。

 

京都支社が東京本社に急ぎの決裁を貰いたいとき、100万円かけて往復8日。

今の感覚からすればとんでもなく遅いですが、昔の感覚では驚くべき早さです。

 

近代以降、郵便というサービスが登場します。

郵便というのは、中央集権の国家ができないと機能しないサービスです。

国のどこにいても、同じようにサービスを受けることができ、そしてどこでも届けることができる。

政府の力が弱ければ、こんなサービス提供できるわけがありません。

 

ちなみに、飛脚とか徒歩連絡も、ある程度国の力が強くないとできません。

静岡県は政府の力が及ばない、なんてことになったら、そもそも歩けるわけがないんです。

 

郵便というのは、連絡手段に革命を起こしました。

現在、どれくらいの早さで届くのかを調べてみたところ、

普通郵便なら3日程度、速達郵便なら1日で到着します。

 

もちろん、電話というサービスも無視できませんが、今回は手紙に限定します。

 

そして現代。

東京から京都までなにか手紙を出したいと思えば、

メールやSNSは一瞬で、しかもほぼ無料で届けることができます。

東京本社の決済が欲しいとなれば、書類をPDFにしたり、「部長、決済印押していいすか」とメールすれば済むわけです。

 

では、連絡手段の高速化は何を可能にしたのでしょうか?

それは、一つの会社がすべての仕事を抱え込む必要がなくなってきたのです。

 

日本の大企業の強みは、全部自分たちの会社で完成させるということでした。

つまり、上流にあたる企画、中流の生産、下流の販売。すべてを一貫して自社でやりきるのです。

 

今となっては考えられない話なのですが、昔は携帯電話の組み立ても日本で行っていました。

 

あるニュースを鮮明に覚えています。

ある携帯電話製造会社(今はもう無くなった会社です)が、田舎に工場を建設し、パートのおばちゃんが一所懸命携帯電話を組み立てている。

「製造ラインを合理化することで、おばちゃんは1日に●台のケータイを組み立てていますッ!」

と、自信満々にインタビューを受けていたオジサマ。

会社ごとなくなりましたが、今でも元気なのでしょうか。

 

本社の企画部門が考え、自社工場で製造し、販売・営業部門が売りまくる。

それを支えるバックオフィスの方々。

 

昔はそれでよかったのです。

ただ、連絡手段が高速化すると、別に全部を自分たちで抱え込む必要なんてなくなるのです。

 

Appleという会社があります。

この会社のすごいところは、「得意なこと」だけを自社に残し、

あとは全部ほかの会社にお任せしているのです。すごく有名な話なので今更ではありますが。。

 

Appleの「得意なこと」って何でしょうか?

それは、上流の「企画」と下流の「販売」です。

「素敵な商品」を考え、僕たちが「素敵な商品」だと思うようにアピールする。

 

ここだけに特化しました。

なので、原材料の調達から加工、組み立てなど「もうからない」部分は全部お任せです(もちろんApple一流の厳しいコントロール付きですが)

 

これも連絡手段が高速化したからこそ可能になったわけで、

連絡手段がある日突然徒歩連絡のみになってしまったら、一瞬で崩壊します。

ここまで来ると話はさらに根源的になってきて、世界が平和だから国境をまたいだ生産が可能になるんだ、なんてことも言われそうです(国際政治論でこういう議論がありましたが)

 

また、連絡手段が高速化し、インターネットが「あって当たり前」の世界になると、

今度は仕事は会社の中でする、という考え方そのものが変化してきます。

もちろん、仕事を見つけるのに組織に属する必要性も薄れてきます。

 

日本の経済の仕組みというのはすごい勢いで変化しています。

 

これまでのように大企業に入社できれば安泰、という時代ではなくなりつつあります。

でも、これからはフリーランスの時代だ!というのも違う。

どのように変化していくのか、ちゃんと勉強しなきゃいけませんね。

そのためにも「明日使える技術」ではなく、

「長期的に役立つかも知れないけど役立たないかもしれない教養」が必要になる、と思っています。

 

後編はちょっと言いたいことが分散してしまいました。

物事をかんがえる上で歴史とか理論が大切なんだよ!ということです。

 

それでは。